髪を切ってみた。
小さい頃からずっと長かったから初めてのショートカット。
こんなにも軽やかになるなんてと思わず楽しくなってしまって
切った瞬間、初めての感覚にはしゃいだ。
家に戻ったシーゲルは娘を見た瞬間、クライン家の広い庭で飼っている鯉のように
口をぱくぱくとさせた。
あんまりもぱくぱくと繰り返したのでラクスもつられて大きなブルーの瞳をぱちぱちとさせた。
プラントの代表でもある評議会議長はあーとかうーとか言いながら恐る恐るといった感じに
ゆっくりと娘に問いかけた。
「アスランと何かあったのかね?」
ショートカット(文/沢渡ゆい様 絵/柊モカ)
問われたことの意味がよくわからずラクスがきょとんとしているとシーゲルは失言をした!といった顔をした。
それから急いでわざと難しい顔をつくってからえへんえへんと咳払いをした。
「あの・・・・お父様?」
「ごほん。・・・・なんだね?ラクス」
「わたくしどこかおかしいでしょうか?」
そう言ってラクスは短くなった桃色の髪に手をやる。
鏡で自分を覗き込んだ限りでは短い髪もそんなに悪くないと思ったが、他の人から見ると
そうではないのかもしれない。
かといって切ってしまった髪は元には戻らない。
なにより
あの優しい婚約者の目にどう映るのか。
不安になって父を見上げるとそこには仕方ないといった優しい微笑があった。
「そうだった。お前はいきなり思い切った事をする娘だった。いや、すまん。よく似合っているよ」
「・・・・アスランとは何もございませんわ?」
「・・・・・・・・!そうか・・・そうだったのか・・・。まぁその、こういったことは焦らずに時間をかけて
「どうしてお父様は困っていらっしゃるのですか?」
本来ならば大事な一人娘に、例え婚約者が相手であろうと何かあって欲しくない娘溺愛の父は
どうにも返答に困って、ラクスが幼い頃、むずかった時にしてあげた時と同じように短くなった桃色の髪を
優しく何度も撫でた。
それからアスランとラクスの逢瀬があったのはすぐの事であった。
ラクスはいつものようにハロたちと心からの喜びと共に愛しい婚約者を出迎えた。
突然短くなったラクスの髪を見て、アスランはシーゲルと同じように口を開けた。
だがこちらはぱくぱくとはせずにただあんぐりと大きく口を開けたのみだった。
だからラクスも大きな瞳でじっとアスランを見上げた。
いつもは彼自身をも幸せにする喜びを彩るブルーの瞳。
しかしたった今それはとって変わり、悲しみの揺らぎが載せられた。
アスランはハッとした。
心がツキリと痛んだ。
「・・・・・・・・・・やはり似合いませんか・・?」
しゅんと項垂れるラクスを見てアスランは慌てて力いっぱい否定する。
「いいえ!そんなことないですよ!ただ・・その・・・とてもびっくりしただけで・・・・」
必死で弁護するも翡翠の瞳はラクスからは反らされ、目を合わせようとしないアスランにラクスの心はどんどん
寂しさに包まれる。
わくわくしていた気持ちは一気に萎んでしまった。
ラクスはつい長かったころの癖で自分の指に髪を絡ませようとして、もう無かったことを思い出し行き場を失った
右手を自身の左手で重ねた。
「・・・・・・・わたくし、アスランにびっくりしていただきたかったのですけれども・・・」
行き場を失った右手のように、彼女の心も行き場を失ったように彷徨う。
彼の驚いた顔が見たかった。
それは本当だ。
けれども彼の反応はラクスの求めていた想像と少し違ったもので・・・
驚いて、でもその後笑ってくれたらいいなと、そんな事を願っていたのだ。
ラクスはアスランの笑顔が大好きだったから。
アスランはいつもラクスに嬉しい驚きを与えてくれる。
びっくりするけれども、でも心に残るのは暖かな優しさ。
髪を急に切ったのは単なる思い付きではあったけれども髪が軽くなった分、もっと
軽やかに彼に飛び込んでいけたらとそう思っていた。
プラント一のアイドル。
誰からも愛される歌姫の唯一の弱点といえばアスランの存在そのものだった。
まさか彼の一挙一動で彼女の心が喜びで浮いたりまた寂しさで沈んだりしていることなど
アスラン自身思いもよらなかったことであろう。
そうして今また、ラクスの心は沈んでいた。
軽やかかに思えた足取りまで今は重く、彼の元への一歩がどうにも踏み出せない。
―髪が短いのは本当はお嫌かもしれない―
俯いた目線の先が影で遮られる。
彼女に近づいたアスランの影だと気がつく前にふいに抱き寄せられ、ラクスは身じろぎする。
「あの、アスラン・・・?」
逞しい腕にしっかりと抱きすくめられては彼の表情が見えない。
顔を見て話をしたいのに思うように動けず困っていると更に強く抱き締められる。
「・・・・・びっくりしました。俺はラクスの長い髪がとても好きだったから短い髪を
想像したこともなくて・・でもこんなにお似合いだなんて」
目を合わせて話すよりも、こうして抱き締め合っている時のほうが彼は饒舌になる。
ラクスも離してくれそうにない腕の中で彼の声をいつもより近くで聞いていると普段より素直になれる気がした。
「本当に似合うと思ってくださってますか?」
「はい。」
「・・・・・・・・・よかった・・・・・」
その言葉が欲しかった。
やっとほっとしてラクスはアスランの胸に顔を埋める。
この人にそう言ってもらえるととても、嬉しい。
彼の腕の中のように温かい気持ちになりながら身体を預けているとアスランが静かに口を開いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・ラクス?」
「はい?」
「・・・・・・・少々困ったことが・・・」
「困ったことですか?」
なんだろう、とラクスが思った時、彼女の首筋に彼の唇が押し当てられた。
「ア・・・アスランっ?」
「・・・・・・・す、すみませんっ・・」
キスされたほうも、したほうも首まで赤くなる。
二人してお互いの顔が見れない状態で抱き締めあったまましきりに照れ合った。
ゆっくりだった鼓動がどんどん早くなっていく。
「アスラン・・・?その、困ったことって・・・?」
緊張の為か、嬉しさの為か。
ラクスは自分の声が上ずるのを感じながらも聞かずにはおれない。
頬へのキスは挨拶でしていても首筋へのキスは初めてで、くすぐったくって。
彼の唇が触れたところが熱を持ったように熱い。
「・・・・・・・・・髪が短くなったから・・・・こうしていると目の前に白い首筋がちらついて・・・」
ラクスと同じように声を上ずらせながらアスランは白状する。
「・・・・・・・・・・・・・キスしたくなってしまうんですけど・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・すみません・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・ラクス・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・どうぞ・・・?」
「はい?」
「あの・・・・・・・・お好きにどうぞ・・・・・・」
「・・・・・・・」
ぱっと身体を離されたかと思うとやんわりと両腕を捉まれて、思わずラクスが目を瞑って首をすくめる。
するとアスランはさきほどより優しく彼女の首筋にキスをした。
こわごわと目を開けると照れた彼の笑顔が目の前にある。
ふふっとラクスがはにかみながら笑みを漏らす。
「・・・・・・・・・・嬉しくて頭の中がショートしそうですわ・・・・・」
「・・・・・・・・・・俺もですよ」
二人で笑いあった後、自然に唇を重ねた。
首筋のキスより穏やかなものだった。
END